なぜ義男は現れる?

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なぜ義男は現れる?

さらに「ところであなた。コンサート会場でよくお会いしますね。この前は確か…」と当然の質問をぶつけるのに「ふじ子ヘミングです。日比谷公会堂でした」と答える義男。なぜいつも彼女たちの前にあらわれるかは説明なしだ。それを教師の基子が「そうそう、思い出したわ。あのときの方だ、あなたは。ふじ子ヘミングのコンサートの合い間に、いまと同じようにロビーで談笑していたわたしたちの前に来て、いつの間にか会話に加わっていたのよ。いささか不思議ですわね。偶然なのかしら?それとも?…」と学校の先生らしくたくみに断定し、かつやんわりと詰問もしてみせる。しかしそれを麦子が「それともなんだって云うのよ。この方が私たちのうち誰かひとりを見初めているとでも云うの?」とやってしまう。あきれた基子が「だから、あんたは聞きにくいことをはっきりと云うんじゃないの。ったく」と義男を気にしながら云うのに「うふふ、麦子、少なくともあなたじゃないわよ」と恵が茶々を入れる。「むっ」と押し黙る麦子。 「いやどうも、痛くもない腹を探られてしまって、ははは、閉口しますな。お若い皆様がたと違って私はもう36才です。しかも無教養の無粋者で、間違ってもどなたかを目当てになどということはありません。こうして何回かお会いしたのはまったくの偶然です。ただ…いつも輝いているみなさんがたが、どこにいても目に付く…ということはあります。そのオーラに引きつけられて、ということにしておいてください」義男がはぐらかした。そのときコンサート再演のベルが鳴った。美枝子が義男の真正面に立って「そうですか。わかりました。ではそういうことにしておきましょう。わたしの名前はさっきからお聞きでしょうが、美枝子、飛島美枝子と云います。あなたがいつも一番視線をやっているこちらの美女は…」と惑香を指して云いかけるのに「いやいや、ははは、もう、もう、勘弁してください。目をやってるなんて…そんな失礼なことはしていません。それよりほら、開演ですよ。もうそろそろ極めつけ、ライク・ア・バージンでしょう。聞き逃してはたいへんですよ」と美枝子をそらそうとする。なぜか自分の名を云いたがらないようだ。女性が名乗ったにもかかわらず、である。
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