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静かな雨の音が、室内に届いている。
大きな窓から、重苦しい雨雲を敷き詰めた空が見える。
厚地のカーテンを開けていても部屋はどこか薄暗くて
リョウは間接照明のライトをふたつ、ともした。
明るすぎない照度を好む、彼らしい仕草。
普段のオフィスでも
「蛍光灯をずっと浴びてると疲れる。生まれ変わっても俺は蛾にはなれないことが決定したぜ」
などと、独特の感性で愚痴を言う。
斉賀さんはそんな彼の一部分を
「時々ジュリアみたいなことを言うなぁ、お前は。」
と言って、笑うのだった。
部屋は彼の好きなコーヒーの香りに満ちていて
私の心は、ほっとする。
リョウは私の隣……ソファに浅く腰掛け、
暫し雑談をしてから
「俺の話したいこと……少し長くなるけど、いい?」
そう言いながら、
私の目を真っ直ぐに見る。
黙ってうなずく私に
リョウは目元の力を緩ませる。
「先日の墓参り……故人は俺にとって古い友人でね。東北で暮らしてた頃からの同級生仲間で、良い付き合いだったんだ。彼女とは社会人になってからも同郷の集まりで時々接点があって……大人になってからも仲間だった。だけど震災が起きて、仲間の皆の暮らしが変わって。やがて彼女は海外で仕事をするようになって、会うことはなくなった。だけど」
─── ある日、俺のもとに彼女から連絡が来た。
病で、残された時間は数ヵ月
つまり……余命わずかであることを告げられた。
実は少し前に日本に戻ってきていて、
今は病院でターミナルケアを受けているらしい。
見舞う親戚は震災で失った彼女は
一人、病室で昔を思い出していたら
懐かしくなってしまった。
リョウに会いたい、会いに来てほしい、と言う。
俺は彼女に会いに行こうと思った。
その事を当時付き合っていたユウナに告げると
ユウナは一度目をそらし
俺に背を向け、少し黙った後
「会うのは一度だけなのよね?」
振り返り、俺を見てそう言った。
俺はそれを聞いて
「分からない。会ってみないと」
自分の目で見て考えたい、と
正直な思いを口にした。
……同時に、ユウナに違和感を覚えた。
普段は優しい彼女の、この冷たく感じる返事に
俺は内心、ある感情が沸き上がった。
大災害や親しい人間との死別を経験していない人間にとって
死の足音は所詮、遠くのもので他人事なのか、と。
「一度だけだと約束してほしい」
そう、念押しをするユウナに
その後の俺は嘘を付き、大きく背いていった。
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