#20

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静かな雨の音が、室内に届いている。 大きな窓から、重苦しい雨雲を敷き詰めた空が見える。 厚地のカーテンを開けていても部屋はどこか薄暗くて リョウは間接照明のライトをふたつ、ともした。 明るすぎない照度を好む、彼らしい仕草。 普段のオフィスでも 「蛍光灯をずっと浴びてると疲れる。生まれ変わっても俺は蛾にはなれないことが決定したぜ」 などと、独特の感性で愚痴を言う。 斉賀さんはそんな彼の一部分を 「時々ジュリアみたいなことを言うなぁ、お前は。」 と言って、笑うのだった。 部屋は彼の好きなコーヒーの香りに満ちていて 私の心は、ほっとする。 リョウは私の隣……ソファに浅く腰掛け、 暫し雑談をしてから 「俺の話したいこと……少し長くなるけど、いい?」 そう言いながら、 私の目を真っ直ぐに見る。 黙ってうなずく私に リョウは目元の力を緩ませる。 「先日の墓参り……故人は俺にとって古い友人でね。東北で暮らしてた頃からの同級生仲間で、良い付き合いだったんだ。彼女とは社会人になってからも同郷の集まりで時々接点があって……大人になってからも仲間だった。だけど震災が起きて、仲間の皆の暮らしが変わって。やがて彼女は海外で仕事をするようになって、会うことはなくなった。だけど」 ─── ある日、俺のもとに彼女から連絡が来た。 病で、残された時間は数ヵ月 つまり……余命わずかであることを告げられた。 実は少し前に日本に戻ってきていて、 今は病院でターミナルケアを受けているらしい。 見舞う親戚は震災で失った彼女は 一人、病室で昔を思い出していたら 懐かしくなってしまった。 リョウに会いたい、会いに来てほしい、と言う。 俺は彼女に会いに行こうと思った。 その事を当時付き合っていたユウナに告げると ユウナは一度目をそらし 俺に背を向け、少し黙った後 「会うのは一度だけなのよね?」 振り返り、俺を見てそう言った。 俺はそれを聞いて 「分からない。会ってみないと」 自分の目で見て考えたい、と 正直な思いを口にした。 ……同時に、ユウナに違和感を覚えた。 普段は優しい彼女の、この冷たく感じる返事に 俺は内心、ある感情が沸き上がった。 大災害や親しい人間との死別を経験していない人間にとって 死の足音は所詮、遠くのもので他人事なのか、と。 「一度だけだと約束してほしい」 そう、念押しをするユウナに その後の俺は嘘を付き、大きく背いていった。
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