#20

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彼女を見舞う時間が増え ユウナと会う休日は極端に減り 電話さえも繋がりにくくなった俺の嘘に 彼女はなにも言わず、 だけど静かに真実を見抜いていた。 そして、ある日。 久しぶりに会ったユウナを 彼女の家へと送る深夜の車の中で、 俺達の間に些細な問答が始まり ユウナから「今、何が一番大事なのか」を問われる。 俺は答えた。 「俺は自分の決めたことに嘘はつけない。俺のしていることをユウナが許せないなら、もうそれは仕方ない。俺達、しばらく離れよう。」 離れよう。 それは、俺にとって言葉通りの意味だった。 こうやって二人、側にいるから 見なくて良いものが見え、言い争いになる。 ならば一旦、物理的に離れることで ユウナの感じている俺への不安を遠ざけたかった。 俺自身、ユウナと距離を置いて 自身の選んだことを揺れずに全うしたかった。 俺から始めたことに最後まで、目をそらしたくなかった。 ユウナは俺の気持ちを理解して 待っていてくれると思った。 二人の絆を、ユウナを 俺は信じていたからこその言葉だった。 けれどそれは、今思えば 独りよがりでしかなかった。 最後まで……最期まで。 そんな、簡単に口に出せない言葉を背負いながら 命の火が消えることをゴールにしている自分の罪悪感を 美しく見える建前と正義感で 擁護したいだけだったのかもしれない。 ユウナは言った。 「そっか……リョウちゃんが決めたら、私が何を言っても動かないって、ホントは分かってた……分かってたのよ」 小さな声で、まるで少女のように笑いながら 独り言のように呟いた。 そして、自らの膝の上に握りしめていた 彼女の小さな拳を開き、 自分に施しているシートベルトを外す。 彼女は一瞬、視線を上げて、ミラーを見る。 運転席の俺はその瞬間、 それがなんの所作なのか分からなかった。 けれど、次の動きで 停車している車のドアを彼女が開けたことで 後続車の確認をしていたと気が付いた。 俺は反射で、とっさに手を伸ばした。 だけどそれよりも素早く身を翻し 出ていくユウナの腕には届かなかった。 彼女はドアに手を掛け 背を向けたまま 「……いい、もう分かったわ。私はここで良い。」 それだけを言うと後ろ手にドアを閉め、 車道を反対斜線へと渡っていった。 その後ろ姿は、背筋が伸びていて 長い黒髪が揺れていた。 潔さが小柄なはずの彼女を大きく、堂々として見せた。 彼女の履いたヒールの音が 深夜の通りに、火打ち石のように響いていた。 俺は彼女がただひとときの間 怒っているだけなのだと思った。 こういうときは何をいっても 取り繕えないと思い……思い込みながら 目の前のシグナルに従って アクセルを踏み込む。 バックミラーに写る彼女が見えなくなっていく。 そして、次の信号に掛かる。 俺の胸も、この交差点のシグナルのように 赤く点滅していた。 本能の警告だと思った。 ……それなのに、俺は目をそらし 追うことをしなかった。 ─── その数日後。 休日出勤から戻った俺の部屋から 彼女のものがすっかり消えていた。 そして、その翌日。 合鍵だけが入った小箱が、宅配で届いたことで ユウナが俺と別れを選んだことを悟った。 信じていたものが 乾いた砂のように音もなく 手からこぼれ落ちて消え去った。
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