17人が本棚に入れています
本棚に追加
「死ぬ前にどうしてもやりたいことがあるんです」
正面に座る少女がじっと僕を見つめる。迷いのない、真っすぐな茶色の瞳で。彼女の膝の上できゅっと握られた小さな拳は微かに震えている。その手は、ありがちな表現だが陶器みたいな白さだった。
「へぇ、面白そうな依頼ですね。ぜひとも聞かせてください」
自然と口角が上がるのが分かる。新しい玩具を与えられた幼子のように、胸を高鳴らせた。くすぐられた好奇心が赴くままに僕は彼女の依頼内容を訊ねる。
「その……どんなことでも引き受けてくださるんですよね?」
「依頼料を頂ければ何でもしますよ。さすがに殺人とかは無理ですが」
「さ、殺人だなんてそんな……物騒なことはお願いしません」
「冗談ですよ。僕が出来ることであれば、基本的にはどんな内容でも構いませんよ」
営業スマイルは絶やさぬまま、彼女にそう促す。薄暗いこの場を恐れてか、はたまた僕の雰囲気に怯えているのか、彼女は微かに唇を震わせていた。その姿は宛ら、蛇に睨まれた蛙だ。
「……何を言っても引きませんか?」と彼女はおずおずと訊ねてきた。
「はい、もちろんです」
か細く響くソプラノの声に、僕はこれ以上ないくらいにこやかに微笑した。
……さぁ、早くその依頼内容を聞かせてよ。
噴水のように溢れかえりそうな好奇心を飲み込んで、僕は彼女の返答を待つ。
しばらくしてようやく決意が固まったのか、彼女は顔を上げて真っすぐに僕を見つめる。
そして、薄闇を吹き飛ばすような大きな声で叫んだ。
「――私と恋人関係になってください!」
最初のコメントを投稿しよう!