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「……なるほど、そうきましたか」
変な汗が背を伝った気がした。貼り付けた笑顔が僅かの間だけ剥がれ落ちる。僕はただ、目を丸くしてそう返答することしかできなかった。鳩が豆鉄砲を食ったようというのは、まさに今の僕の表情を言うのだろう。
さすがにこれは予想外だった。所謂『何でも屋』を営む僕だが、これほどまでにストレートに恋人になってくれと依頼されたことはない。ゲームの先着販売の列に並べとか、失踪した猫の捜索だとか、そういった依頼は引き受けたことがある。浮気相手になってくれとも言われたことがあったが、直接恋人になってほしいという依頼はこれまでに受けたことがない。
「何故、そのような依頼を?」
「私、昔から病弱でろくに青春時代を送れていなかったんです。最近は体調が良い日が多い気がするので、好きに生きてみようと思ったんですけど……先日、余命宣告を受けてしまって」
「余命宣告、ですか……」
「はい。とある病気で、長くて半年しか生きられないみたいで」
淡々と質問する僕に対し、彼女は困ったように眉を下げて言う。鈴を転がしたような声は、意外にも芯が強く微塵も震えていなかった。
「……その割には、随分と落ち着いていらっしゃいますね」
「もう慣れちゃったんです。大きな病気をするのは、これが初めてじゃないので」
余命宣告を受けたというのに特別絶望したような様子もない彼女に尋ねれば、彼女は自嘲気味に笑った。そのぎこちない表情が、彼女の送ってきた人生を物語っているような気がする。下手くそな作り笑顔だと率直に思った。
「完全に恋人にならなくてもいいんです。ただ、恋人らしいこと――つまり恋愛がしたいなぁって」
段々と語尾が小さくなっていく。照れ隠しをするみたいに、彼女は表情が見えないように俯いた。肩まで伸びる茶髪が、カーテンのように彼女の表情を覆い隠す。
「なるほど、事情は分かりました。しかし依頼料を払って頂かないとお引き受けできませんが、お支払いできるのですか?」
そう簡単に差し出せるようなモノではない気がしますけど。僕は彼女を試すかのように眼差しを送る。
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