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この手の依頼をしてくる人間は、依頼料を請求する時点で大抵帰ってしまう。大方、依頼料として払う金額と差し出す『あるモノ』を知らなかったか、何かの冗談だと思って訪ねてきたのだろう。特に後者の『あるモノ』については。
たぶん目の前の臆病な彼女も、これで引き返すだろう。正直、恋愛絡みの依頼は得意ではない。他人にさほど興味も持てないし、何より僕は人を愛す術が微塵も分からない。余命半年もない彼女には酷だが、引き返してくれた方が助かる。
しかし、彼女の先程までの内気な雰囲気はどこへいったのやら。バッと顔を勢いよく上げ、彼女は立ち上がる。制服のスカートが揺れ、彼女の目がキッとこちらを見据える。
彼女は勢いのままに机の上に何かを置いた。チャリ、と小さな金属音がした。白いその手が引っ込むと、顔を出したのは白い封筒と小さなドッグタグネックレス。薄暗い部屋の中で、それは鈍い光輝を放っていた。
「……へぇ、これは面白い。その依頼、喜んで引き受けますよ」
少女の変わりように興味を抱いた僕は、打って変わって依頼を受理した。気分が高揚するのが、熱を帯びる指先から伝わる。
少女は僕の言葉を聞いて安堵したように笑みを零した。依頼料を払ってまで、彼女はその願いを叶えたいのだろうか。それが不思議で仕方ない。恋人なんて、面倒なだけだろうに。
だが、年頃の女子となれば、甘い青春に夢見るのは当たり前か。
僕はドッグタグネックレスを手に取り、にやりと笑う。
そこに書かれていた碓氷愛來という文字が、僕の人生を変えることになる名前だと、後に僕は知ることになる。
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