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俺の言葉を受けて、頷いたような動きが感じられる。それから間を置かず、梅宮の凛とした声が部屋に響いた。
「我が名は明。そなたの命を、我、明に預けよ。日神の子たる我等が茜君に誓い、我が指添となれ」
“梅宮”は個人名ではなく、王の第一子としての称号だ。性別を問わず生まれた順に継承される号であり、“桃宮”、“桜宮”、“藤宮”と続く。
対して“明”は、神から与えられた彼女のみを指す真の名だろう。消して明かされる事がないと言われる名を告げられ、事の重大さに今更緊張が深くなる。
「承服いたしました」
俺が重々しく応じると、唐突に、床しか見えない俺の視界に、梅宮のものでない靴が入り込んだ。女物の小さな靴は祭司用の古風な型で、細かな装飾がふんだんに施されている。
何者だ、と、そう思うよりも、気配なく現れた存在への警戒で筋肉が引き締まる。即時、一歩踏み込んで梅宮が背後になるよう体を返しながら、上半身を起こして戦闘態勢に入った。
腰刀の柄をグッと握りしめて見据えたその空間には、しかし何者も、何も、なかった。
見間違いなどということは決してない。
あれが神なのかもしれなかった。
安直にそう思ったのは、何もなかった自分の左手の甲に、紅色の紋様が浮き上がっているのを目の端で確認したからだ。指添の印痕であろうか。
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