1人が本棚に入れています
本棚に追加
ジリノフスキーが気難しそうに何度も咳ばらいをする。
同期が完了すると、なんとなく、部屋の気圧がわずかに変わったような違和感がある。空調システムと重量制御装置の反応によるものだ。それ以外はとくになにも起こらない。
実験は単純だ。三十分ごとにタンクとナノマシンの内部状況と各パラメーターをそれぞれ確認し、四時間滞在する。それで実験は終わり。同期を解除して、帰還する。
「わざわざ大晦日返上でやるほどの仕事かねえ」
とジリノフスキーが大きな身体をソファにあずけ、天井を見ながら言った。
「同じ実験、この前イワノフたちがやっただろ」
シャラポフは苦笑いをする。
「今回はちょっとだけ実験の趣旨が違うんだよ」
「テレシコフ、二〇四五年まであと何時間だ」
「九時間と四十二分です」
テレシコフがキッチンで三人分のコーヒーを淹れながら言った。
「モスクワ時間で」
「ここもモスクワだけどな」
テレシコフがわざわざモスクワ時間と言ったのは、チェーホフ場の影響で時空が歪む現象、いわゆる〝ニジンスキー効果〟が発生し、タンク内の時間の流れ方が大幅に遅れるからだ。
数時間後にタンクを出ても、まだ数十分しかたっていなかったということもある。
「せめて酒を持ち込めたらなあ」
「ワインがあるよ。あとで開けよう」
シャラポフの言葉に、年長の部下がきょとんとする。
「なんの冗談だよ、主任さん」
「今回は四時間じゃすまない。たぶん、年をまたぐだろう」
「まじかよ」
最初のコメントを投稿しよう!