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しかしそれはどっきりではなく紛れもない現実で、開放感溢れる高級ラウンジカフェの空気さえも圧迫するほどの存在感に、なぜか語尾に「ざます」を付ける典型的なマダム用語。見た目も中身も他人を圧倒する姿に、終始空いた口を塞ぐことができなかった。
今まで出会ってきたクライアントの中でも、一番の強敵になる。出会って五秒でそう直感的に感じた。
ここは社内の若手エースとして、そして残り一室の契約で全室完売というゴールを決めることができるチャンスから、自分の身体に鞭打ち、勝負の場へと望んだのだ。が、あの間抜けなクライアントのせいで、何度命の危機にさらされたことか……。
結局物件は売れたものの、あの夫婦がトラウマとなり、今後この仕事を続けていくのは困難だと判断。そして社内からも惜しまれながら、転職を余儀なくされたのだ。
この時自分は学んだ。どんな仕事も付き合う相手は選ぶべきだ、と。
「おい岩崎」
「は、はい!」
過去の悪夢にどっぷり浸かっていたせいか、突然背後から名前を呼ばれて思わず声が裏返る。振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべる部長の姿があった。
「やったじゃないか! 契約台数が四十七台だって? 久しぶりの大型受注だ!」
はははと上機嫌に笑う部長の言葉に、反射的に鼻がむずがゆくなる。やっぱり職業が変われど褒められれば嬉しい。
「さすが前職で高級マンションを売ってただけはあるな。いやー、この調子で今後も活躍を期待しているよ」
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