<第一話>

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「あ、一ノ瀬先輩。ありがとうございます」  非常に丁寧にお礼を言ってくれたのは、三年の皐月よりひとつ下、二年の萬谷慧だ。黒髪で小柄、非常に大人しそうな見た目と侮るなかれ。彼こそさきほど赤チームで決勝点を上げた、我がチームのエースストライカーである。 「すみません、僕のプレイどうでした?おかしなところありませんでした?」 「ううん。相変わらずキレてたよ。強いて言うなら、少しマーク外すのにモタついてたかなってくらい。スペースに飛び込むの上手いよね、萬谷君は」 「ありがとうございます」  少し恥ずかしそうに笑う彼。思わず“かわいいいいい!”と声に出しそうになって、皐月はすんでのところで堪えた。いけない、相手はいたいけな年下の後輩である。いくら皐月が隠れ腐女子だからといって、萌を叫んで暴走してドン引かれたら元も子もないではないか。  そう、実のところ皐月は。この年下の可愛い後輩に――絶賛片想い中なのである。 「ビデオも記録したし、私なりに気がついたこともまとめたから、今から監督に提出しに行くね。きちんとした反省会はミーティングで!とりあえず今はきっちりクールダウンすること。君はウチのエースストライカーなんだからね!」  高ぶりそうになる感情を無理矢理抑えて、少し早口目で言い残すと、皐月は足早にそこから離れた。ああ、本当に。見れば見るほど萬谷はかわいい。食べちゃいたくなるくらいにかわいい。おまけにフィールドではあんなに格好いいのである。なんだあの完璧なイキモノ。しかも成績も悪くないって自分は知っているのだ、羨ましい。  皐月が、あの年下の少年に恋をしたのは――今から約一年前のこと。そう、彼が入部して間もない頃である。  よくあるシュチュエーションだ。冬休みの前に用具倉庫の掃除をしようと思って、みんなで中の荷物を運び出していたのである。うっかり重すぎる段ボールを持ち上げてしまい、よろけて転んだ皐月。大丈夫ですか?と真っ先に駆け寄ってきて手を差し出してくれたのが――萬谷だったのである。  そう、ぶっちゃけ、それだけだ。  ロマンスの始まりにしては味気無い、むしろありきたりすぎるほどありきたりで使い古されたシュチュエーションである。が。
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