<第二話>

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 以前大笑いしたエピソードがある。慧が部室でしょんぼりしているので何だろうと思ったら、作文が書けなくて困っているのだとか。なんでも、テーマは自分の趣味を紹介する、というものだったらしいが。慧ときたら、特技も趣味もサッカーしかないのでサッカー以外に何も書けないよ!ということらしい。  で、先生にストップをかけられた。お前この間部活について、の作文でサッカーは使ったから別のものにしてくれ、と。その結果――締め切りは明日なのに、一文字も進まなくて死んでいたのだそうな。 『女子の間でも萬谷君ってちょっと有名なんだよね。あの見た目だからモテるんだけど、“確定的にフラレるからやめておけ”ってみんなに言われてるんだもん。…実際告白した子は軒並み“今はサッカーのことしか考えられないから”でフラレてるらしいし。さすがだよねー』  その話を聞いて、つい安堵してしまったのと少し寂しくなった気持ちで半々の皐月である。  まあしょうがない。それが彼なのだ。サッカーが大好きで、サッカーを恋人にしている彼に自分は惚れてしまったのだから。 『贅沢だな萬谷は。一回爆発すればいい。あ、ただし全国制覇後に』 『制覇したら爆発してもいいのかーい!ていうかキャプテンもイケメンなのに何言ってるのさ、もー!!』  下らないメールのやり取りをしながら、今日もいつもの夜が更けていく。  明日も同じ、普段通りで平凡で、それでも楽しい朝が来ると信じてやまなかった自分達。  既に“敵”は、そんな自分達を嘲りながら見ていたというのに。  ***  異変に気がついたのは。  翌日の部活で、ミーティングルームに入った時だった。 「おはようございまーす!」  いつもなら、皐月が元気に挨拶をすればすぐ返してくれるはずのみんなが――どこか、よそよそしい。いや、無視されるわけではないのだが、声が小さいしなんだか覇気がない。皐月の方をちらりと見て、おはようございます、と小さく口にして――ただそれだけ。いや、別にいつもモテモテだったわけではないのだが、普段ならもう少し歓迎されている空気があるはずなのだが。  まるで。ずっと一緒に戦ってきたマネージャー相手というより。急に、最近来たばかりの新人を相手にすることになったかのような――そんな困惑に変わってしまったかのようである。
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