<第一話>

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 あ、これは取られるな。  ベンチに座っていた一ノ瀬皐月は直感し、ズレた眼鏡をかけ直した。目の前で行われている、サッカー部の紅白戦。現在ボールを保持しているのは赤チーム。その赤チームのストライカーが、しれっと白チームのディフェンス最深部に入り込んでいる。  絶妙な位置。ボールに気をとられている白チームのメンバーは気付いていない。これはパスが通るだろう。 「あっ!」  赤チーム司令塔からのロングパスが炸裂した。当然、ボールはチームのエースのところへ。何が上手いかって、立っている場所。白チームの長身選手を上手い具合に隠れ蓑にしていたせいで、フィールドの上からだとよく見えなかったのだろう(そのはずなのに、ばっちり味方の位置を把握している司令塔は凄いのだが)。ループパスを胸で受けるストライカー。白チームのスイーパーが逆サイドでキーパーにほぼほぼ張り付いていたのが完全に裏目に出た形だ。 ――慌ててそこで手を上げても無理だってば。オフサイド取られるわけないよー。…んー、五木君はちょっと視野狭いかな。テンパりすぎるというか、オフサイドトラップのやり方もう少し練習してもらった方が良さそう…。  皐月がメモをしている間に、エースストライカーがボールを蹴りこんでいた。キーパーが慌てて飛ぶも、アウトフロントキックは曲がる。ボールは綺麗に逆をついてゴールに吸い込まれた。――そして、ホイッスル。  2-0で、赤チームの勝ちだ。まあ、順当な結果と言えばそうだろう。 「はーい、お疲れさまー」  数宮学園中等部サッカー部。そのマネージャーは、現在皐月一人しかいない。前の年までは先輩がいたのだが、彼女が卒業してからは皐月が一人で頑張っていた。試合が終わってすぐ、選手の子達に用意しておいたエナジードリンクとタオルを配りにいく。水分補給は大事だ。中には疲れきってその場で座り込んでしまう子もいるので、こっちから持っていってあげないと飲んでくれない可能性がある。  そこまで世話を焼かなくても、と思われるかもしれないが。やっぱり、水分補給を怠ってもしものことがあってはいけないだろう。秋口とはいえ、まだ暑さも残っている。健康な子供だって熱中症で死ぬこともあるのだ。屋外で活動するサッカー部は余計に気を付けなければいけないだろう。
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