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「あ、あのさ!」
気まずくなってしまった空気を変えるように、皐月は手を動かしながら話題を振った。
「萬谷君って、誕生日はいつだっけ?」
「え?」
「い、いやそのね?みんなに聞いてるんだけど、萬谷君からは聞いたことなかったなって…」
労いもこめて、部員達の誕生日には必ずちょっとしたお菓子のプレゼントをすることにしていた。残念ながら手作りではないし、本当に安いお菓子を渡すだけなのだが――これが案外チームに良い効果をもたらすことを、皐月は知っているのである。
つまり、誰かが自分の誕生日を覚えてくれているんだ、という事実。それだけでほんの少しだけど彼らは嬉しい気持ちになってくれるのだ。
しかし、去年はいろいろあってバタバタしていて――結局慧を含めて何人かに聞きそびれたままになってしまっていたのである。
「………九月、三十日です」
そして、彼は――長く迷った末、教えてくれた。
「でも、みんなには内緒にしてるから……秘密にしてくれると嬉しいです」
「え?いいけど…なんで?」
「たくさんの人にお祝いされるの、なんだか恥ずかしくて。俺はその、目立つのがとても苦手なので。照れ臭いというか、俺なんかのためにごめんなさいと思ってしまうというか…」
尻すぼみに声が小さくなっていく少年。――試合ではあんなに格好良いのに、まるで別人だ。普段の彼は大人しいし、声も小さくてみんなに埋もれてしまいそうな少年なのに――ああ、そのギャップもまたいじらしい。
「…うん。わかった!じゃあ、君へのプレゼントは、みんながいないところで渡すことにするね」
胸の奥から、ぽかぽかと温かくなる感触。
「じゃあこれは、二人の秘密。教えてくれてありがとうね、萬谷君!」
知られたくないと思うのに。恥ずかしいと思うのに。自分にはどうしてその秘密を教えてくれたのだろうか。
それくらいには、心を開いて貰っていると――そう信じてもいいのだろうか。
「はい。…秘密、です」
照れながら、少年ははにかんだ。小指をあげて、指切りをする仕草をしながら。
そう、私たちは誰も予期などしていなかったのである。
明日起きる、とんでもない事件など。
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