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終わりは、唐突にやってきた。シエラは、カウンター席でやり取りをする二人に、とうとう、この日がやってきてしまったのだと思った。店を開けたのとほぼ同時にやってきた彼女は長身で、モデルのような人だった。彼女は、そのしなやかな指で靖真を呼ぶと、その右腕を靖真の首元に絡めて頬にキスした。シエラの下準備をしている手が止まり、思考も同時に停止した。
「え、嘘……」
思わず口に出ていた。何よりシエラが気になったのは、彼女のその背中に大きな黒い翼があったこと。それがショックだった。
「あれは、ヒトじゃない」
隷獣だから、男だから、一緒に生きていけないと思っていたのに、そんなことってない。
ガタガタと震える指先でなんとか料理を皿に乗せた。それを運んで行く頃には、彼女はなにげない顔をして席に座っていて、澄ました顔で食事をとっていた。彼女の顔があがる。涼やかな目元は少し冷たい印象を与えたが、ふわりとした微笑みでそれが全て消えた。一転。美しい人の笑顔は優しく見えるものなのだとシエラは思った。
先程のショックも忘れ、思わず見蕩れる。彼女は、そこから一言も喋らず、店を出て行った。チラリと靖真を伺うと、靖真は真剣な顔をしてその人を見送っていた。
「靖兄……あの人、誰?」
「ん? 知らない人だよ」
なにも知らないと言わんばかりに笑顔を作る彼に、シエラの息が詰まった。嘘だ、と思った。だってキスしていたじゃないか、と叫びたくなったが、そんなこと靖真にしたらシエラには関係のない話のはずだった。なにも言えず、口を噤むしかできなかった。
「靖兄、彼女できたら早く教えてよ?」
祝うから、と震える唇で言うことができたのは、奇跡以外のなんでもない。そんなシエラの顔も見ず、どこか気もそぞろに靖真はそうだな、と言った。その様子に、シエラの心は更に冷たく冷え込んだ。
その日から、靖真は家を開けることが増えた。
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