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「大将、焼酎! 水割りで!」
「はいよー! シエラ、水割りセット持ってきて!」
「はーい」
パタパタと、シエラは呼ばれた方に駆けていった。手に持った器がカシャカシャと音を立てる。
「靖兄! これでいい?」
シエラは、持ってきた食器を差し出し花のように笑った。靖真は自身より高い場所にあるその頭にその手を乗せて撫でた。なかなか世間で見ることのないその真緑の頭を見下ろしながら、シエラは更に目を細める。
「それであってるよ、サンキューな」
「靖兄、もう僕も二十過ぎてるんだから、あんまり子ども扱いしないでよ」
くすぐったそうにシエラは笑うが、決して靖真の手をどけようとかそういうことはしなかった。純粋にその手が嬉しいのが顔に出ている。それを知っている靖真も快活に歯を見せて笑い返し、さらに頭を撫でる。
「俺にとっちゃいつまでたっても可愛い弟分だよ」
シエラが靖真に拾われ、次に気がついた時には三日がたっていた。当然、クロードとセレスと合流も出来なかった。
靖真は、行き場を失ったシエラを暖かく迎えてくれた。シエラがペットショップから逃走してきたというのを知って、正式な手続きを踏んで飼い主登録をしてくれた。未だにあの日のことを昨日のことのように思い出すが、それも今や十二年も前のことだ。チラチラと残してしまった仲間のことが頭をよぎるが、それも幸せな生活の中に溶けて消える。
本来なら、水生生物であるシエラは清澤社の中でもA級品、どこかの物好きな金持ちにでも売られて、水槽の中で孤独に生きるはずだった。それが、思いがけず靖真のところで愛を注がれて過ごしている。一日たりとも、彼に大事にされなかった日はなかった。
「靖兄本当に格好良いよなぁ……」
なんでも任せろ、と言ってにかっと笑う姿は、シエラにとっては本当に頼もしい兄貴分だった。年が十離れているのもあって、拾われた時にはすごく大人で大きく見えた。十年以上たった今もまだ、シエラは彼を慕い、その背中を追い続けていた。
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