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「俺が格好いいなら、お前は可愛いよ」
「男に可愛いって……! もう、女顔なのは自分でも分かってるけど……」
シエラはその細い眉を寄せて、むくれた。しかし、兄と慕う靖真に可愛いと言われて嬉しくない筈がない。隠しきれない感情に、少しだけ口角が上がってしまうのを堪えられない。まつ毛の長い垂れ目は細められ、怒っているというのは完全に口だけになってしまう。
「悪かったって。でもお前の笑顔は本当に可愛いよ」
爽やかな笑みに、シエラはクラクラと目眩がした。
「もー大将! シー君ばかりに構ってないで、俺達にも構ってくれよ! ビールもう一杯!」
気分良くほろ酔いになっている常連客があはは、と冗談めかしながら、完全に二人の世界になっている二人を見た。シエラは慌てて客の元へと新しいお酒を運ぶ。
シエラと靖真は、居酒屋を営んでいた。別に和食の店という訳でもないが、余りにも兄貴然とした雰囲気を漂わせる靖真に、常連客は彼を大将とからかい半分呼んだ。
「お待たせいたしました、ビールでございます」
ビールジョッキを机に置き、シエラは空いている皿を片付けた。その手を見て、常連の一人がそっと指を出した。
「わっ」
びくり、とシエラが後ろに後ずさる。手にした皿が揺れ、ガチャッリと音を立てた。
「ごめんごめん! 驚かせた? 指先、割れてきてるからそろそろ水の時間かと思って」
「え、あ、本当だ、すみません」
指摘された指先を見ると、確かにシエラの指先の皮がウロコ状にひび割れはじめていた。慌てて皿をシンクに放り込み、蛇口を捻って流れ出す流水に、両手をできるだけ浸すようにして入れた。そして、コップで水を汲み、二杯ほど一気に飲み下す。
「ちゃんと自己管理しろよ」
後ろから靖真に小突かれ、シエラは眉をハの字にした。ある程度体が出来上がり、数時間に一度体の一部を水に浸す程度で生活することはできるようになった。それでもシエラは仕事をしているとついそれを忘れがちで、倒れかけたことも一度や二度ではない。その度靖真に叱られるのがシエラにとっては情けなくて仕方なかった。
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