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それは、靖真にとっては日常会話でしかなかったのだろう。
「シエラ、お前恋人とか要らないのか?」
誰か紹介してやるぞ、と突然言われ、シエラは目を見開きしばし無言になった。そして、口の中でまごまごしながら、歯切れ悪く言うことしかできなかった。恋人など、考えたことがなかった。
「僕、興味ないんだ」
靖真は、気がよくておおらかだったが、いささか鈍いところがあった。そして、若干のデリカシーのなさも。勿論そのデリカシーのなさは、善意に基づいて良かれと思って言っている節があるのでことで余計にタチが悪かった。その時は色恋のいの字も理解していなかったシエラは、兄の要らない気遣いだと鬱陶しく思っていた。恋人など作る暇があったら、新作メニューでも一緒に考えていたい。
「好きなタイプとかいないのか?」
「え?」
当時十六だったシエラは、皿を洗いながらぽかんとした。シエラは出会いも少なければ性欲も薄い。どこか浮世離れしたところのある彼は、そんなことを考えたこともなかった。愛とか恋とかはテレビや童話の中、そうじゃなくても自分以外の人の話だと思っていた。
「いや、だって全然お前そういう雰囲気ないから」
「え、うん……好きなタイプ? よく、わからないな……」
突然の質問に、実感が沸かないながらも律儀に考え、首をかしげるシエラに、靖真は目線を動かし、よい例えを探した。
「どういう人に興ふ、いや、ドキドキするか、とか……一緒にいたいか、とか……そういうの、かな?」
いかに疎いとはいえ、流石にシエラも男である。興奮などという言葉を使われたところで問題ないのに、と思いながら、気の使い方を間違えている靖真に苦笑いをする。そして、自らの性癖を省みた。自慰行為自体は行わないこともないが、明確に何かを思ったこともなく、その欲望を誰かに向けたこともない。ただの作業だった。
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