水槽の魚の話

9/38
前へ
/38ページ
次へ
 そうして強制的に意識させられてから早六年。生活空間は全く同じ、トランクス一枚で風呂上がりにビールを飲んだり、なんの抵抗もなく密着したり。それは可愛がってきた家族同然の相手にすることとしては全くおかしなことではなかったかもしれない。しかし、彼に片想いをしている身としてはたまったものではなかった。  そして、シエラの気持ちなど全く知らずに、靖真はなんの邪気もなく言い放ったのだ。ちょくちょく投下さる爆弾に耐える術を、いい加減シエラも覚えている。 「恋とか興味ないって……誰かと付き合いたいとか思ったこともないのかよ」  がしゃがしゃと皿を洗いながら、靖真はなおも言い募る。シエラは、磨いている途中のカウンターの木目を睨みつけて、はっきりと言った。 「だから、女性と付き合いたいと思ったことはないの」  靖真に、むしろその対象は貴方なのだと伝えたくなったが、それは六年という長い間黙っていた意味を失くす行為だった。 「僕は靖兄とこうして店をやってられたら十分だからさ。番のいない隷獣なんて珍しくないよ。僕よりも、靖兄の方がまずいでしょ、そろそろ売れ残るよ?」  売れ残ったら、ずっと一緒にいられるのに、という言葉は喉の奥に飲み込む。表面上彼を心配する弟分を装う。  実際、靖真は真緑に染めた髪のせいで女性からは初見はかなり敬遠される。しかし、一度知り合ってしまえばそれなりにはモテることを知っていたし、告白されているのも知っている。相手を養うことができないから、と毎回断っていたのも。そして、金が足りない理由の一部に自分の生活費があることは分かっていた。罪悪感が湧き上がると同時に、それでも彼に切り捨てられないことに薄暗い悦びを覚えた。  できる限り長い間、靖真が心を決めるまでは一番近くにいることができたら幸せだと、祈るように思っていた。いつか誰かのものになると分かっていても、どこかで彼の一番は自分であると思っていたかった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加