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思えば、このジジイはいつから存在悪だっけな。ずっとテレビの前を独占して、ただでさえ狭い部屋を寝そべって、他人をいたわりもせず畳の上で競馬の予想を立てる。ちゃぶ台の上には誰からもらったか知らない黒飴と、白湯のはいった急須とお椀。どれもジジイのものだ。家族のことなどお構いなし。とんだ老害だ。
「そうだ、白湯なんかいかがですかい」
白湯なんてまずいものを誰が飲むか。さっき無言で断ったってのに、結局こうなるのか。もう何杯目だよ。腹がチャポチャポなんだよ。
「なんだ、白湯も飲まないのか?」
断るとうるさいからな、お椀を台の向こうへ押しやる。手前にお椀を引きずると、ジジイは嬉々として白湯を注ぐ。なみなみ注ぐと、僕の前に震えたしわくちゃな手で粗雑に置く。お椀から波打った白湯が溢れる。
ほんとはもう、これ以上飲みたくないから、ちょびっとちょびっと飲む。ほとんど室温の白湯を、口に含みは喉へと流し込む。お椀をもつ手がだるい。夜勤明けのこの時間。本当ならゆっくり休んでいるころだろうに。
「白湯はいかがですかい」
ジジイお気に入りの笑点が始まるまで、延々と続くこの儀式。さすがに眠くて、僕はうとうと、うとうと、どこからが夢か、現実かわからないようになっていた。
ちっちゃいころ、ジジイと僕で家に残されたことがある。風邪をひいた僕を、ジジイはひとり看病した。普段そんなことしないから、りんごを出したりなんてできない。けど、僕が喉が渇いたと言えば、普段はやらないのに、急須で白湯を作って、僕に飲ませてくれた。胸を満たすように白湯が身体へと流れこむ。朦朧とした意識のなかで、枕元のジジイが近く感じて、嬉しかった。胸があったかかった。
「白湯はいかがですかい?」
延々と続く儀式の終わり、もしかしたら夢のほうかもしれないが、ジジイに飲ませてもらった白湯はうまかった。
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