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いつも一足先へ進んでしまう彼の背中を見て、酷く苛々としたもどかしい感情を抱いていた。追いかけて手を伸ばしても、その手を取ることなく笑って走り出してしまう彼。
自由奔放と言えば聞こえはいいが、いつでも彼は気まぐれだ。たまにやって来てはうちでご飯を食べ、甘え、ふらりとまたどこかへ行ってしまう野良猫のようだ。可愛いけどなんだか憎たらしく思えてしまうこともある。
どうしてこんなにも想っているのにこの手は届かないのか、それが悔しくて仕方がなかった。彼の周りにはいつも人が絶えない。そんな中で彼はいつも僕には見せない顔で笑っているのだ。
そのたびに心の中に重苦しい気持ちが溜まっていった。けれどまだその時の僕はその気持ちの意味をよく理解していなかった。ただ年を重ねるたびに傍にいたはずの彼が、どんどんと遠ざかっていく感覚だけが胸に残り、僕の心の中をざわめかせていた。
「あら、どうしたの臣くん」
「お母さん、鷹くんは?」
僕と彼――鷹くんは父親同士が兄弟で、従兄弟同士の間柄。鷹くんが住んでいる場所も歩いて数分ほど先にある近所だ。そして彼の両親は共働きで家にいる時間が少ない。なので僕の家に食事をしに来ることがほとんどだった。
しかし夕方になってもやって来ない鷹くんが気になって、キッチンに立つ母の背中に声をかけた。そんな僕の声に母は笑いながら、僕の期待を裏切る言葉を吐いた。
「今日もお友達の家でご馳走になるそうよ。本当に鷹志くんはお友達が多いわね。臣くんは全然お友達を連れて来ないけど、学校のお友達は? って、臣くん?」
今日も来ない、それがわかったらあとは母に用はない。僕は問いかけに返事することなく、ふいと母に背を向けてキッチンを出た。
鷹くんが来ないのにキッチンにあった食材が多かった。ということは、あいつとあいつの仲間がやってくるということだ。それに巻き込まれては敵わないと僕は自分の部屋に籠もるべく足早に廊下を抜け階段へ向かった。しかし僕の行動は少し遅かった。
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