1、芽の出ない日々

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1、芽の出ない日々

 アスファルト砂漠と呼ばれるこの街も、この季節になると砂漠とは無縁の極寒の街になる。そんな大都会の片隅に、僕が暮らすはずだった小さな花壇はあった。  ある寒い日、そこに一人の人間がやってくると、暖かい土のベットに僕の仲間たちを撒き始めた。僕の仲間たちは丁寧に柔らかい土の毛布をかけてもらっていた。  でも僕だけは違った。運の悪いことに、僕は人間の掌から転げ落ちると、アスファルトの隙間に挟まってしまったのだ。僕の前には生まれながらにして大きな壁がそびえ立っていた。    やがて春がやってくると、僕の仲間たちは次々と芽を出していった。  でも僕だけは違った。硬くて冷たい壁が邪魔をして思い通りに成長できなかったのだ。いつまで経っても芽がでない僕を、先に芽を出した新芽たちは馬鹿にしてからかうのだった。 「お前はいつになったら芽が出るんだい?」と自信家の新芽が言うと「諦めどきが肝心だよ」と別の新芽もそれに続いた。 「諦めなければいつか必ず」僕が明るくそう答えるたびに、自信家の新芽たちは「君には絶対にムリだ」と言ってさらに笑うのだった。それがお決まりのパターンだった。  だから僕はいつも一人ぼっちだった。    それでも僕は諦めたくなかった。 「いつかきっと芽が出る日がやって来るさ」僕は明るく自分に言い聞かせると、僕は来る日も来る日もこの壁と戦い続けた。どんなに笑われても、どんなに馬鹿にされても、僕は壁の上だけを見続けた。大都会の片隅で、真っ暗な、真っ暗な、闇の中で、たった一人でこの壁と戦い続けた。  僕はただひたすらに、この大きな壁と向き合いながら、芽が出る日を待ち続けた。    するとある日、とうとう芽が出たのだ! 「やった、やったぞ!」僕の新芽からは雫がポロポロとこぼれ落ちた。  アスファルトの壁から何とか顔を出した僕は、初めて見る街の景色を堪能しようと、やっと出た新芽を空に向かってゆっくりと広げた。    僕は初めて見る壁の外の景色に言葉を失った……。
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