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敵は本能寺にいなかった
(…困った)
と、蘭丸は本能寺の夜空を見上げた。能天気に渡した提灯の列に、大きな垂れ幕が掛かっている。それは信長が用意させた光秀歓迎の垂れ幕だ。
『誕生日おめでとう いつもありがとう光秀』
あれを見て光秀はどんな反応をすればいいのだろう。
恐らく今、丹波を召し上げられた光秀はもう、見苦しいほどガン泣きしながら出兵の準備をしているだろう。
蘭丸も本当に今回ばかりは、信長の気まぐれに泣きに泣かされた。
「おっかしいーでや!光秀のやつめ、ピザが冷めてしまうわ!お蘭、お前ちゃんと光秀に声をかけたのであろうな!」
「はっ、はいその、それは抜かりなく」
かけられるわけがない。辛うじて、しかも高飛車に秀吉の応援に行く前に軍揃えに来いと命令しただけだ。
困った。困った困った。
たぶん、光秀は怒って来ないかも知れない。これはもう、天才小姓の手腕と才覚を発揮しても、いかようにもしがたい。
て言うか、もう真夜中だ。
「ああっおっそいでや!光秀めえ、せっかくお祝いしてやろうと思ったのに!」
(来ないですよ、光秀は)
蘭丸はため息をつきながら、中天の月を眺めた。
その頃の光秀だ。
「殺すっ!殺すっ!信長殺すううっ!」
目が血走っていた。それもこれも、しめの台詞で思いっきりすべったからだ。
「殿もようやく、やる気になられましたな」
馬を並べた、斎藤利光も感涙しきりだった。
メンタルが弱くても、仕切りは繊細な光秀だ。一万五千の軍勢で、光秀はあっという間にぐるりと本能寺を包囲した。勢い余って信長の子、信忠が籠もる二条城まで包囲してしまったというから、念が入りすぎだ。
まあ実際、信忠は二条城にはおらず本能寺でお父さんが焼いたピザでアルゼンチン産の赤ワインを開けてべろんべろんに酔っていたのだが、光秀が気づくはずはない。
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