敵はほんにょーじにあり

1/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

敵はほんにょーじにあり

「うっ、うん…うんっ」  明智光秀(あけちみつひで)は咽喉に絡まる痰を切った。これで何度目だろう。普段は痰持ちではないはずなのだが、緊張のせいか声を上げようとすると、痰が絡んで咽喉に詰まるのだ。 (言うんだ…おれなら出来る。今こそ、言うんだ)  光秀は心の中で必死に自分に言い聞かせていた。 (『敵は本能寺にあり!』だ。さんざん練習したじゃないか!)  この一言は、三日三晩、練りに練ってついに決定した、信長を倒すための格好いい決め台詞なのだ。  流行語大賞など目ではない。 (これは歴史に残る)  思いついたときはっきり言って、光秀は確信した。  敵は、本能寺にあり。  すっきり無駄もなく、シンプルでいて衝撃的インパクツ。 (文句なしだ)  これはいける。信長を倒したら、この一言は五百年は残るはずだ。光秀を見て勇気づけられ、これから謀反をしたい、する人のための言わば代名詞的決め台詞になるだろう。  敵は本能寺にあり、か。  二回言っても素晴らしい。特許をとっておかなかったことは悔やまれるが、そんなことはどうでもいい。この本能寺の変が、歴史に残る一戦になるかならないか、それは光秀が発するこの一言に懸っているのだ。  しかし今、その一言が出てこない。  丹波亀山を発ってから、一時間。途中、無意味なトイレ休憩をこまめに挟んだりして光秀は、鏡の前で何度も練習したのだが、やっぱり本番になるとプレッシャーのためか思うように声が出ない。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!