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敵はほんにょーじにあり
「うっ、うん…うんっ」
明智光秀は咽喉に絡まる痰を切った。これで何度目だろう。普段は痰持ちではないはずなのだが、緊張のせいか声を上げようとすると、痰が絡んで咽喉に詰まるのだ。
(言うんだ…おれなら出来る。今こそ、言うんだ)
光秀は心の中で必死に自分に言い聞かせていた。
(『敵は本能寺にあり!』だ。さんざん練習したじゃないか!)
この一言は、三日三晩、練りに練ってついに決定した、信長を倒すための格好いい決め台詞なのだ。
流行語大賞など目ではない。
(これは歴史に残る)
思いついたときはっきり言って、光秀は確信した。
敵は、本能寺にあり。
すっきり無駄もなく、シンプルでいて衝撃的インパクツ。
(文句なしだ)
これはいける。信長を倒したら、この一言は五百年は残るはずだ。光秀を見て勇気づけられ、これから謀反をしたい、する人のための言わば代名詞的決め台詞になるだろう。
敵は本能寺にあり、か。
二回言っても素晴らしい。特許をとっておかなかったことは悔やまれるが、そんなことはどうでもいい。この本能寺の変が、歴史に残る一戦になるかならないか、それは光秀が発するこの一言に懸っているのだ。
しかし今、その一言が出てこない。
丹波亀山を発ってから、一時間。途中、無意味なトイレ休憩をこまめに挟んだりして光秀は、鏡の前で何度も練習したのだが、やっぱり本番になるとプレッシャーのためか思うように声が出ない。
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