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バルコニーにて
秋山藍子(28)今日も私は、自宅のバルコニーで、コーヒーを飲みながら原稿を書いている。
4階からの眺めは心地よく、仕事にはうってつけなのだが……問題は隣に住むイラつく男だ。
数ヶ月程前、隣に引っ越して来たその男は、休日に妻とバルコニーで昼食を取っては茶番を見せる。
私のマンション4階のバルコニーは部屋ごとに独立した作りになっており、仕切り板が無い分、隣の様子が嫌でも目に入るのだ。
今日も男が作ったであろう料理が、バルコニーに設置された白いテーブルに次々と並べられていくのを、妻は優雅に本を読みながら待っている。
突然、妻の刺す様な言葉が男に浴びせかけられるのが聞こえてくる。
……またやった。
本当にトロくさい男だ。
あなたの妻は白ワインしか飲まない、美味しそうな赤ワインを見つけたからとか、とても料理に合うからなどと彼女には伝わらない。
あなたの妻は自分の気持ちにしか興味はない。
伝わらない、という事をあの男はいい加減学ぶべきだ。
延々と続く妻の嫌味を聞いて、突っ立っている男を見ていると、本当にイラついてくる。
私はカップのコーヒーを半分程、胃袋に流し入れ原稿に向かう。
付き合っていられない。あの男はいつもそうなのだ。
子供嫌いの妻を前に、地上で遊ぶ子供達をバルコニーから、楽しそうに眺めては小言をくらい。
妻に優しく、ナイフとホークの位置の間違いを指摘してはキレられていた。
間違いを認めないあなたの妻のプライドは、無駄に高い事を知るべきだ。
昨日など不器用にバルコニーの色を、おそらくは妻好みであろう色へと、懸命に模様替えしていた。
あなたの妻が気づくわけない!
私は原稿から目を上げ、ため息をついた。
隣のバルコニーでは、身を縮めた男が、まだ妻の高圧的な嫌味を聞かされていた。
「私なら、あんな苦労はさせないのに……」
よく解らない無力感にイラ立ちを覚え、私はカップに残ったコーヒーをおもむろにガブ飲みする。
激しくむせた。
兎に角、あの夫婦の離婚が間近なのは確実だ。妻が我慢できる筈がない。
私は、むせながら、自分にそう言い聞かせていた。
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