*誘拐

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*誘拐

 母は3歳になった私と 5歳の姉を自分の車に乗せて出発した。  母のこの時どんな心境だったのだろう。  童謡が流れる車内で  「まゆちぇ、カコ、元気にしてたね?」  「会いたかったんよ~」  私と姉に 久し振りに会えた嬉しさを堪えきれず、母は満面の笑みで話しかけ続けた。  母は、私達に会いたい気持ちが爆発してしまったのだと思う。  だから周りが見えなくなっていたのだろうか?  スピードを落とすことなく、車は走り続けた。  一方、宮崎の祖母は・・・  (あの子達、随分遅いわねぇ…)  母は、午後3時には帰ってくると約束していた。  だが、時計の針はとうに午後4時を指していた。  5時、6時・・・  祖母は大変強い人だったけれど、私達孫のことになると、必要以上に心配する人だった。  あまりにも遅いので、心配で堪らなくなった祖母は父の会社に電話をかけた。  携帯電話なんてない時代だ。  父に事情を説明した祖母。  「久し振りに親子3人水入らずで夢中になっているんだろう」  父の言葉を聞いて祖母は安心した。  だけど、父が帰宅した午後8時を過ぎても、母は私と姉を連れて帰ってくることはなかった。。  父は、母の大胆な性格をよく解っていた。  さすがに怒りが沸々と沸いてきた父は、熊本の母の実家に電話をかけた。  母はまだ帰宅していないと言う。  「マリ(母)が戻ったらすぐに 電話をかけるようにお願いします」 一方、母と私達姉妹は・・・  母は、お腹を空かせた私と姉を連れてファミレスに入っていた。  ご飯に夢中になる私達を母は笑顔で見つめていたけれど、内心は焦っていたのかもしれない。  車内に流れるラジオ情報を聞いていたからだ。  母は、  全国に指名手配されていたのだ――・・・  父の怒りが頂点に達したのだろう。  父は、110番をしていたのだ。  離婚した夫婦が親権のない子供を連れ去るのは誘拐になる。  私と姉の親権は父にあったので、母が私と姉を勝手に連れ去ることは  誘拐になってしまう。  母は、再び私と姉を車に乗せると  またエンジンをかけたのだった――。  …この時あなたはどんな気持ちで アクセルを踏んだの?  ねぇ・・・お母さん。
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