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喪失
私はリーアム、65歳。
シカゴの実業家で、人生の大半を仕事だけに捧げてきた平凡なビジネスマンだ。
父親から受け継いだ会社を父の計画通りに、いやそれの何倍も拡大し、アメリカの主要都市、そしてヨーロッパ、アジアにその規模を拡大してきた。
それほど仕事に打ち込んだのは、忘れたい過去があったからだ。青春の愛の喪失を埋めるため、仕事に全精力を傾けて生きてきたが、それは自分の後悔の苦さを忘れるため、ただ目先の課題に転換したかっただけだった。
幸いにもビジネスでは成功をおさめ、自動車部品業界では大手にのし上がった。しかし、その代償も大きかった。
妻のエマが私のもとから去っていった、永遠に。
私は、ビジネスにのめりこみ、妻を全く顧みなかった。妻は長い間、腎臓を患っていた。そして私も今、癌にむしばまれている。
妻が息を引き取ったとき、予想していた以上の喪失感に打ちのめされた。この日が来ることはよくわかっていた。最後をみとることが私のせめてもの妻への謝罪だった。
そして今…次に何をしたらいいのだろう。
会社の方は有能な人材に恵まれ、私がいなくて経営はまわる。いや、まだ後継者を決定していなかった。そして私の病気のこともまだ伏せていた。
葬儀が終わり、私は意外にもに泣きくれて、息子たちとも話すのも避けていた。話せば、母さんが哀れだったと、そう言われるに決まっている。事実そうだったからだ。
だが、妻の病状が悪化してからは、出来るだけ彼女と一緒にいたつもりだ。彼女は、「初めて幸せを味わった、今から人生が始まればいいのに」と力なく微笑んで逝った。私には出来すぎた忍耐強い女だった。
そう、妻が病気になるまでは、彼女に愛情を感じたことはなかった。子供ができて、子供は可愛いとは思ったが、妻に対しては、その洗練された美しさにもかかわらず無関心だった。しかし表だけは良き夫を演じようとは努力した。
妻は父親の親友の娘で幼馴染みであり、親同士のアレンジで結婚が決まった。彼女が病気を患って、それは私のせいかもしれないと自分を責めた。そして最後の日々だけでも、愛そうと努力した。
エマと結婚した頃は、私は失意の中にあり、相手などどうでもよかったのだ。
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