【9】

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「だから、俺と居る時だったら、もしまたああいうのに遭遇しても、もう事情も知ってるし安心でしょ。あの件も、もちろん誰にも言ってないし」 「それは知ってます」 「良かった」  相変わらず、この人のマイペースには逆らえなくて巻き込まれてしまうけど、でも無理に意地を張って一人で帰って何かあったら、その方が竜は怒るんじゃないかと思った。      雨の日が、晴れの日より眩しく見える瞬間があるのは、街の明かりが水溜まりや雨粒にその光を映すからなのだろう。  薄く水の浮いたアスファルトを、後跳ねを気にしながら歩いていると、鹿野さんが言った。 「彼、元気?」 「おかげさまで。煙草もやめましたよ。日曜から」 「へえ。それは涼子ちゃんのため?って聞くまでもないか。いいんじゃない。俺の彼女取った教授は、結婚しても子供出来ても吸ってたらしいから、それより好感が持てる」 「……それはどうも」    鹿野さんは笑って言った。 「俺、これでも涼子ちゃんの彼氏さん、結構好きだよ」 「はぁ?」 「そういう意味じゃないから、心配しなくていいよ。ほら、俺最初会った時、ケンカ売ったじゃん?」 「……ああ」  会社のエントランスで、あたしの傘が壊れてて、外に飛び出そうとしたら腕掴まれたところに竜が来て。 「あの時、あの人態度は冷静だったけど、眼と声がめっちゃ怒ってたでしょ。俺、殴られるかなと思ったくらい。あれ見たら、おじさんだけど、この人本気で涼子ちゃんが好きなんだなって分かったから。あの場面でヘラヘラされたら、こんな奴なら俺の方がいい、って思ったかもしれない」 「……『次』があったら冷静じゃいられない、ってあの時言ってましたよ」
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