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「それじゃ、ありがとうございました」
今現在のわたしが帰る場所。竜のアパートの最寄り駅に着く手前で電車が減速を始めた頃、わたしがそう言うと隣で吊革に掴まった鹿野さんは微笑んだ。
「どういたしまして。一緒に帰れて楽しかったよ」
自分も同じ路線だからと言って、ここまでついてきてくれたけど、本当かどうかは怪しい。
けど、本人がそう言うなら嘘だと言う訳にもいかないし、この前のことを持ち出されてしまうと、やっぱり誰か居てくれたら安心というのはあった。
窓の外にホームが見えると鹿野さんは言った。
「じゃ、彼によろしく。迎え来てくれるんでしょ」
「はい。それじゃお疲れ様でした」
ドアに向かうと、彼は屈託ない笑みを見せて手を振った。
「またね」
「おう。お疲れ」
「ありがとうございます。雨も降ってるのに」
「だから余計気になるだろーが。いいんだよ。家で一人で待ってたって暇だから」
傘を片手に、竜は笑ってわたしの頭に手を置いた。
その体からはやっぱり煙草の匂いはしなくて、一人の時でもちゃんと我慢してくれてるんだと思うと、嬉しい反面で、本当は辛いんじゃないかと心配にもなった。
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