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「……別にビビらせるために着けてんじゃねぇよ」
と、彼はサングラスをかけ直す。
「はい。紫外線に弱いんですよね。……あ、ガム食べます?」
「もらう」
包み紙から出して渡そうとすると彼は言う。
「口移し」
「……はい?」
……車内だけど、全然周り普通に人歩いてるし……
「嘘だよ。気持ち的にはそれくらいしてもらわないと割に合わねえけどな」
「……そんなに怒ってます?」
「怒るわ」
さっきの件と、禁煙した上に長時間の運転のせいもあるんだろうな……。
「じゃ、口開けてください」
「あ?」
開いた唇の間に入れて、唇に人差し指を置いてわたしは言った。
「ここじゃ無理ですけど、後でちゃんとしますから」
彼は黙ってわたしを見て、大きな溜息を吐いた。
「……お前なあ……」
「自分が言ったんでしょう」
「……今日、旅館じゃなくてラブホにすりゃ良かったな」
「はい?」
「まあ、声出さなきゃ問題ねえしな」
「……あたしは普通に温泉楽しみにしてるんです」
昨夜、寝る前に彼が急に言い出した。
「わざわざそのためだけに遠出するのも癪だから、ついでにどっか泊まってくるか。露天風呂部屋付きみたいなやつ」
わたしに気を遣って、そんなことを言い出してくれたのかと思ったけど……。
「俺はそういう意味で楽しみにしてンだ」
「……はいはい」
意外に、本当に自分が行きたいだけかもしれない。
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