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「ただいま」    家に、といっても現在下宿中の彼のアパートだけど、帰ると聖さんが奥から飛び出してきた。 「ただいま。あの」  事情は彼から少しは伝えてあったみたいだけれど、昨日の母のことも、2月に、と彼から言われたことも、どう話そうかと思っているといきなり抱きしめられた。  彼ほどじゃないけど、わたしより背が高いので、なんだか……子供がお母さんに抱かれた感じだ。 「お帰り」  玄関でぎゅうっと抱かれて、ぽんぽんと背中を叩かれて、部屋からはもう彼は止めると決めた煙草の匂いがして。  聖さんは香水と、女の人の甘い匂いがする。  不思議な思いがした。  自分が生まれて二十数年住んできたのは、昨日母に叩かれたあの家で、ここはただ、好きになった人のアパートで、このひと月くらい住んだだけで。  今抱きしめてくれてる人は三日前に初めて会ったばかりの、好きな人のお姉さんで、何の繋がりもないのに。  帰るべきところに帰ったみたいに温かくて、勝手に涙がこぼれた。 「……ふぇ……っ」 「おー、辛かったな。よしよし」  って、トントンされるたびに涙が出て、気にしても振り返っても仕方のないことだし、もう前だけ向いて行こうと思っていたのに。  残っていたわだかまりが溢れるみたいに、ぼろぼろ泣いていると聖さんが笑って言った。 「涼子。後ろでバカがつかえて困ってンから、とりあえず上がってやんな」 「え」  言われて振り返ると苦笑いした彼が居て、慌てて部屋の中に上がった。   
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