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一瞬 慶…谷先生に見えた。
涙を拭う指先も声も 彼に似てる…っ
そうだあの日も 優佑くんが谷先生に叱責された日に見た後ろ姿を誰かに似てると思ったけれど… 眩しそうに眼を細めて見る仕草も…全て…似てる。顔は似てないのに、なぜ?
優佑「詩さん?」
そこまで考えて 彼の声にハッとする。
顔を横に振り 誤魔化すように笑顔を貼り付け平静を装うも心臓が早鐘を打つ。
『大丈夫よ。泣いてないわ。
それよりも 何か飲む?』
優佑「でも、さっき…っ総一朗さんと」
ドクンッ
一際 胸が跳ね 恐怖に指先が冷たくなった。
まさか…さっきの夫婦の睦言を聞かれてしまったのか?
何とかしなければ。
早く、早く立ち去らなければ…っ
『あ、私 明日早起きしなきゃいけないの忘れてたわ。もう寝るね。
洗面所に新しい歯ブラシ置いてるからそれ使ってね。お布団は和室にひいてあるから、そこで休んでね。おやすみなさい』
するりとその横を通り抜け LDKと廊下を隔てるドアノブに手を掛けたとたん
優佑「待って…っ」
手首を大きな手に掴まれ後ろに引かれた。
キャッ
思いの外 強い手にそこに留まれず 硬い胸板に肩が当たりそこがジーンと痺れる。鈍い痛みに顔をしかめていると 大きな手が私の両方の二の腕を掴み 少し距離を置いて 私の顔を覗きこんだ。
『…離して』
彼の視線から逃げるように顔をそむけそう言う。
優佑「詩さん、僕は…っ」
私の名を呼び 掴かんだ手に力がこもる。
『…っ』
わけが分からないものの この状況だけは不味いと本能で感じた。
どうしよう?どうしたらいいの?
早く何とかしないと…っ
その時 カタン♪とリビングから聞こえ 衣擦れの音がした。
優佑くんも ハッとしたのか 私の腕を離し自由になり 素早く体をひいて距離を置いた。
律「ん…詩ちゃん、冷たいお茶」
ホ…ッ
『はーい。ちょっと待ってね』
グラスを2つ出しそれぞれに氷を入れ 冷蔵庫から出した麦茶を注ぐ。1つは優佑くんに手渡し その横をすり抜けると 炬燵にボーッとしたまま座る律にお茶を渡す。
『お母さん もう寝るわね。
和室に2つお布団ひいてるから ふたりで寝なさいね』
律「んー、わかった」
『おやすみ…
優佑くんも おやすみなさい』
さっきの事など無かったように 努めて明るくそう言いながら ドアのレバーに手をかける。
優佑「…おやすみなさい」
背中に深い声が聞こえた。
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