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「この子、片方の目が見えないみたいなの。通学路で見かけたんだけど、ほっとけなくて・・・。」
柚葉さんが子猫の頭を撫でる。子猫はミャーと小さく鳴いた。その右目には大きな傷跡がある。
「まさか、見つかっちゃうとは思わなくて・・・。うちのマンションじゃ飼えないし、元いた場所に返すのも心配だし、どうしたらいいかなって。」
それをなぜ、私に相談したのだろう。柚葉さんと会話をしたのはほとんど初めてなのに。見た目だけで信用を得られるような振る舞いを私はしない。だから、柚葉さんの行動が私には不思議で仕方なかった。私が考え事をしていると、柚葉さんがハッとしたように顔を上げた。
「ごめんね、ちょっとこの子に飲み物持ってくる。ここで待ってて。」
返事を待たずに柚葉さんは走り去っていった。一人になった私は子猫を見ようと屈み込もうとした。その時、強い風が吹いた。 私は風に押されてよろけてしまう。
「みーつけた。」
いつの間にか段ボールの横に彼女が立っていた。みつけたとはどういうことだろうか。わけがわからずにいる私に彼女はこう言った。
「この子はね、さみしがり屋なの。お母さんと小さい頃に引き離されちゃったから。他の兄弟ともうまく馴染めなくてひとりぼっちで育ったの。目の傷は兄弟に追い払われた時に受けたものでね。」
彼女は子猫を抱き上げる。その姿に私は目を見開いた。子猫のしっぽは明らかに猫のそれとは違う。それはまるで、蛇のように鱗に覆われていた。うねうねと脈打っている様は実に不気味だ。
「本当はここに居ちゃいけない子なの。隔離してたんだけど、逃げ出しちゃってね。片方の目が見えないから餌を食べるのを手伝ってあげないといけないの。」
子猫の背中を撫でながら彼女は歩き出した。不思議と引き留めようとは思わない。私は彼女の背中を見送った。ちょうど角を曲がったところで、すれ違うように柚葉さんが戻ってくる。
「ごめんね、待たせちゃって・・・あれ?」
柚葉さんは悲鳴に似た声を上げた。そして、私の方へ悲しげな視線を向ける。
「又三郎がいない!」
又三郎はやはり柚葉さんが付けたのかと思っている暇はなく、私はとっさに
「あ、実はさっき母猫らしき猫が連れていっちゃって。」
と嘘をつく。それを聞いた柚葉さんは悲しそうだったが嬉しそうに良かったと呟いていた。なんだか、とても悪いことをした気がする。
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