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まず目に入ったのは、その髪だった。
腰まで伸びる少し癖のあるそれは北風に吹かれて彼女自身を包み込んでいた。髪の合間からわずかに光る鳶色の瞳が、夕暮れに沈む街を見下ろしている。
オレンジ、というよりむしろ赤く染め上がった世界にただ1人、彼女は何色にも染まっていないように見えた。
白い。雪の色。空の雲より白く、ノートの白より柔らかく、彼女の髪は他にない独特の白さを持っていた。
何よりも染まりやすいはずの彼女の色は、夕日でさえも染まることは許さない。
日が完全に落ちて暗闇になろうとも彼女の髪は輝くんじゃないかと呑気に考えていた。
そう、呑気に僕は彼女の髪に見惚れていた。そんな余裕などないはずなのに。
もう一度、彼女の位置を確認する。
ここは学校の屋上。
ここには僕と彼女しかいない。
けれども彼女と僕の間には大きなフェンスが立ち塞がっている。
フェンスの向こうの彼女は靴を脱ぎ、丁寧に脇に並べてこのくそ寒い中、靴下さえ脱いで学校の塀に裸足で立っていた。
もちろん塀の向こう側には何もない。彼女があと一歩踏み出せば何に守られることもなく重力のままに落下するだろう。
凍てつく風が彼女の背中を押す。
彼女が風を受け入れてしまえば。
あと一歩踏み出してしまえば。
その先を想像するより先に彼女は両腕を広げた。
背中を氷が滑ったような悪寒が走った。
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