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それは僕が自身の犯した罪から背を向けたい感情からなのか、ここの施設の職員たちが意図的になんらかの方法で僕の記憶を消しているのか…。
そうなのなら僕は後者でありたい。自身の犯した罪を忘れながら生きるなんて、そんな身勝手な人間にはなりたくないと切に思う。
カナリアである僕が意識するのもおかしいかもしれないけれど、人間として生きていく以上は最低限の倫理観は持ち合わせていないといけないというプライドはある。
この妙なプライドが今の僕を作り上げている気がしている。
カナリアとして生きる僕には倫理観が大切でならないんだ。
そんなことを考えながらシャワールームから出ると時刻は昼食の予定時間の十分前を指していた。
慌てて部屋から出て食堂に向かおうとしていると、僕の他にも何人かのカナリアの姿が目に入りホッと胸をなでおろした。
「おい、あんた!ちょっと待てよ!待ってくれよ」
後方から青年のものと思わしき声が聞こえて来た。ここの施設ではカナリア同士の私語は認められていないため振り返らずに歩いていた。決して無視をしていたのではなく、まさか僕が話しかけられている対象だとは思ってもみなかったから知らないふりをしていたのだが。
「待てってば」
背中を二回トントンと叩かれそっと振り返った。そこにはオレンジ色の髪をした愛嬌のある笑みを浮かべ青年が立っていた。
「何か僕にご用ですか?」
咄嗟に出た言葉はよそよそしく彼の笑顔に対する返答とは真逆のものだった。
「なあ、あんたも食堂に行くんだろ?どうせ目的地が一緒なんだから一緒に行こうぜ」
「いいですけど、カナリア同士で話しても大丈夫なんでしょうか?」
僕が警戒していたのはこの青年ではなく、カナリアとして話をしていてセキュリティハンターの目に止まらないかということだった。
青年は屈託のない笑顔で僕に言葉を投げる。
「あんたルール聞いてただろ?ここでは俺たちはカナリアとしてではなく人間として生活出来るんだ、だから話をしても咎められることはないさ、丁度今、あんたに話しかけて事実確認してみたところだったんだ!ほらっ大丈夫そうだろ?」
確かにそんなルールを聞かされていたような気がする。セキュリティーハンターが来ない事が事実なのは今、この場で証明されているから青年の言葉に確証がある。
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