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竜は静かに見下ろしている。しばし沈黙が流れた。
「騎士よ。王に命を捧げているか。」
「無論。偉大な竜よ私は我が主に命を捧げている。」
瞬間的だった。私の正面に圧力が襲う。竜の前脚の鋭い爪が鼻先に突きつけられていた。私は微動だにしない。
「偉大な竜よ。私は我が王に命を捧げている。」
恐怖はない。竜の威容。私に爪は突きつけられている。
「騎士よ。汝の王は如何に。」
「偉大な竜よ。我が王は民のために善政を布く。」
「善政とは如何なるものか。」
間髪入れず意識に滑り込んでくる。強い圧力を感じる。
「偉大な竜よ。善政とは民に等しく接し税を等しく課し苦役を課すことを慎むこと。」
私は竜の紅い瞳をじっと見つめた。
「我が王は、才ある者を登用し、分け隔てなく意見を聴き、良策を違えない。」
「国は富み。民は安楽を得る。」
竜は沈黙を保ち、紅い瞳は見下ろし続ける。何か考えているようだ。私は自ら強い意志を持って竜を見つめた。
「騎士よ。民の安楽と言えど戦いが繰り返される。如何に。」
「偉大な竜よ。我が王は好んで戦いを行わない。」
「民の安楽を護らんとして剣を抜く。すべては義戦。私利私欲の戦いは皆無。」
沈黙の森である。私と竜は向かい合う。竜は大きく私は小さい。目の前の爪を軽く振り下ろせば、私は引き裂かれる。疲れが限界を超越しているのか恐怖がない。堂々とした気持ちがあふれてくる。月明かりが差している。竜の紅い瞳が輝いて見える。
「騎士よ。汝の剣は如何なる時に抜くか。」
「偉大な竜よ。我が剣は我が王のために。王のためとは民のため。国のため。」
「騎士よ。汝の望む事はなにか。」
「偉大な竜よ。今望む事は、我が王の休息を妨げてないで欲しい。」
「偉大な竜よ。あなたの領域を侵している事は理解している。」
「詫びても叶わぬなら、この命をあなたに捧げる。我が王を助けて欲しい。」
またも沈黙の時が流れる。
「人間とは、人間とは面白いものだ。」
竜の声に優しさが感じられた。
「騎士よ。わたしがおまえの命を奪っても、必ずしも汝の主を守るとは限らんぞ。」
「偉大な竜よ。今まであなたと話して、あなたの人柄を感じます。」
「約束は破られない。偉大な竜よ。私はあなたを信じます。」
竜の口元がニヤリと笑ったように思えた。竜は爪を下げて。頭を私に近ずける。優しい空気が流れる。
「騎士よ。懐かしい言葉を思い出させてくれたな。」
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