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竜の頭が私の眼前にある。頑丈な鱗に包まれた顔。大きい口。硬いヒゲ。今、すべてがなぜか優しい表情に見える。
「騎士よ。汝の願いを聞き届けよう。」
「わたしが知恵を得たばかりのはるか昔。わたしを使役した戦士も言っていた。」
「お前を信じる。戦友だと。」
わたしはかつて呪術によって束縛され、使役されるだけの存在だった。
ずいぶん戦いに明け暮れた。戦場を飛び回り、敵を多くをなぎ倒した。
戦友の意味。人間への興味も随分わいた。その都度、戦士はいろいろ教えてくれた。しかし人間の寿命は短い。別れは突然だった。そしてわたしを束縛する呪術から解放されて自由になった。
それより幾星霜。無限に近い時を経た今。おまえの言葉で昔を思い出した。
竜の想いが塊のように意識にすべりこんできた。懐かしさ。慈しみ。悲しみ。様々な感情が、伝わってきた。この竜は、私が昔話で聞いたような凶暴な竜ではない。
「騎士よ。我は長命孤独絶対。古竜の流れをくむ一族の系譜。」
「騎士よ。汝の名を聴こう。」
「偉大な竜よ。我が名はセオ。エスメ王国ハークス王の騎士。」
「セオよ。良い名だ。我が名はタラニス。汝が強く我が名を願うなら馳せ参じよう。」
「我は雷鳴であり、炎であり、死でもある。空を巡る大車輪となって守護しよう。」
「偉大なタラニスよ。感謝します。」
素直な気持ちを述べた。そして緊張の糸が切れる音がした。
「セオよ。おまえも休むがいい。わたしがここを守ろう。」
「・・・」
セオは立ったまま気を失っていた。
「やれやれ面倒がかかる奴だ。」
タラニスは爪で慎重に、頭を打たないように気をつけて、自分と対峙した騎士を横たえさせた。
そして、この騎士と騎士の主に興味を持ち、守ろうと思った。
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