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「セオ殿、なにを見てるのですか?」
数少ない親衛騎士の生き残りに声をかけられた。セオは答えをはぐらかしたが、ずっと手のひら大の車輪を見つめていた。粘土を焼き固めた馬車の車輪のようだが、輪の腹の部分に見たことのない。文字が刻まれている。
「空を巡る大車輪となって守護しよう。」
セオはポツリとつぶやいた。野営地で気づいた時にいつのまにか車輪を持っていた。竜との対話の記憶が蘇る。あれは幻の話だったのか。今となっては自信が持てなかった。
「竜の名はタラニス。偉大なる古竜の系譜。」
この記憶は明確だった。
さてハークス王が第2次パルム平原の戦いを決断したのは、第1次パルム平原の戦いから30日過ぎた頃である。史書には反撃の態勢が整ったとある。しかし実際には王都の策士たちが施した計略の結果連合軍内で内紛が起こり主力勢力が兵を引き上げて兵力差がなくなったためである。王は再度兵を進める。
エスメ軍は援軍を含めても、騎士団が不足している状態だ。歩兵の比率が高くなっている。戦いはやはり鶴翼の陣で衝突した。旧パルム連合軍はほとんど歩兵で構成されており、両翼の歩兵部隊が最初に激しく交戦した。
セオは左翼の歩兵指揮官として乱戦の中にいる。胸元に例の車輪を飾った。
数少ない親衛騎士を各所に分散して指揮官として配置されている。戦闘は一進一退を極めており、形勢不明が1時間続いた。
セオ指揮する左翼側がパルム右翼側を押し込んだのは開戦2時間を少し過ぎたあたり、敵は壊乱し蹴散らしたはずだった。セオは一気呵成に包囲運動をはじめた。エスメ軍右翼もぐいぐい敵に圧力を加え、円形包囲は完成寸前だった。
「背後から敵が襲って来ます!」
壊滅させたはずのパルム軍右翼が、態勢を立て直して襲いかかって来たのだ。史書では計略と記されているが、本当は偶然の産物であったのでは。とも言われる。
包囲運動中のエスメ軍左翼は予期せぬ攻撃で部分的逆包囲を受けることになり、敵味方入り乱れての大乱戦になった。無論セオのいる左翼本陣も戦いに巻き込まれた。
セオは最初馬上から剣を振るったが、やがて馬が打ち倒されて兵と共に戦った。指揮官であるセオを守ろうとする兵士もいるのだが、乱戦のため効果的な動きができない。
敵兵は指揮官を狙う。次々と襲いかかってくる。撃ち払い続ける。疲労が蓄積する。
ふと、本当に自然と胸元の車輪を見た。
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