第2章

3/11
前へ
/17ページ
次へ
 最初に就職した地元の職場で女事務長に横領の罪を着せられたときも、何が起こっているのかまるで分からなかったのに慌てて否定することはせず、無表情で鷹揚と「で、なんですか」とだけ言ってデータ入力の作業を続けた。その反応を見てこの女は抜けていると思った事務長はそれをマルの自供と受け取り、そうだこの金はこの馬鹿女が使い込んだのだと記憶を改竄した上に、ホットフラッシュの火照りを正義の怒りと思い込んで証拠をでっち上げ、鼻の穴を膨らませながら社長に告発した。  それまで毎夜のように社長を縛り上げ、ピンヒールの踵で鼻の穴をかき回すプレイで絶大な信頼を得ていた事務長からの訴えを無条件に受け入れた社長は、詳細な調査を経ることもなくマルに懲戒解雇を言い渡した。事務長が使い込んだ金銭は二十万円。踵の折れたヒールを二足買い換えたのと、ラメ入りの縄および赤い低温蝋燭の購入に充てたものだった。残った四千百四円は中学生の息子と一緒に牛ロースステーキを食べるのに使った。  警察沙汰にしない代わりにと、損害金の弁済をヒステリックに要求する事務長の鼻がひくひくと膨らんで、顔が紅潮し喘ぐような息使いになっていくのを眺めながら、この人の鼻って芋虫の口みたいとマルは考えていた。結局話の展開に理解が追いつく間もなく、謂われのない二十万円と会社員の身分を剥ぎ取られ、北国の寒空の下に放り出されたのだ。それもこれもむきになって反論したり他人に助けを求めたりしないマルの性によるものである。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加