マリオネット・ダンス

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真夜中の奇妙な時間に目が覚めた。窓の外でセミが一匹鳴き声を上げかけて止める。昼間の暑さも幾分か和らぎ、生温い風が開け放った窓から入り込んできて、腕やら首筋やらをぬるりと撫でていく。静かな夜だった。今、世界には自分一人であると錯覚させられる。  このまま錯覚に溺れ、異空間じみた闇に呑まれていてもいいものだが、そうは言ってられないともう一人の自分が急き立てる。こんな空間にいて何もしないのは、空想が何も浮かばなかった時だけだ。  頭の中で広がるここではないどこかへ思いを馳せると、昼間の蝉時雨(せみしぐれ)同然に騒がしく訴えかけてくる言葉の数々が、たちまち溢れ出そうとしていた。今ならば、最高に感動的な大作も、馬鹿馬鹿しい笑い話もリアルに生み出せる。根拠もなく確信を抱き、ノートを取り出した。  机の電気スタンドのスイッチを入れ、びっしりと文字で埋め尽くされたノートを(めく)ると、新しいページを開いた。頭の中で、統制が取れない文字の羅列を取り出して整理しながら、夢の中の映像がちらついた。顔にまとわりつく羽虫のように鬱陶(うっとう)しい。  頭の中に溢れる映像の洪水を文字に出そうとしたところで、指が止まっていた。自分の書いた文章に目が止まり、呼吸が乱れる。その文字を指で辿った時、階下で家族の誰かがトイレを流す水音がした。  うまい具合に自分の呟きが掻き消される。それからは羽虫も雑音も映像も奇妙に静まり返り、意識が闇の中に潜り込んだ。
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