十億円の作り方

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十億円の作り方

 峠道の静寂を切り裂くように大型バイクが疾走していた。  バイクの主は矢口健太(やぐちけんた)という、先月に千鳥美琴(ちどりみこと)と結婚したばかりの三十歳の男だった。  ヘッドライトしか光源のない道は孤独であったが、自分だけに世界が広がっている様で、今ならなんでもできる気にさせていた。  露出した山肌に沿うように作られた曲がりくねった道は、颯爽と走るにはあまりにも危険であったのだが、昂った気持ちを抑えることは最早できなくなっていた。  今行っている行為がいかに危険であるかということは彼自身重々承知している、結婚したため今回をラストランにすると決めていた彼にとっては、危険意識など二の次なのだ。  いつも以上に興奮状態でのライディングは、いつもよりバイクに速度の出させ、普段なら曲がり切れるカーブで大きく膨らみ、ガードレールに激突してしまった。  バイクから投げ出された彼の体はガードレールを飛び越えるとそのまま暗い崖下に吸い込まれていく。  プロテクターのついたライダースジャケットを着用しているとは言え、数十メートル下の地面に叩きつけられるとひとたまりもないことくらい彼でなくても想像に難くないだろう。  死を覚悟した彼は宙に投げ出された状態で人生を思い返していた。  色々苦労もあったが、それでも最終的には愛する人に出会えた。そんな決して悪くない人生だったと思えた。結婚したばかりで今が幸せの絶頂だとすれば人生の幕引きとしては最高のタイミングなのかもしれないと思っていた。 「やっぱり、死にたくないな」  それでも地面に到達するまでの数秒足らずの間に彼の口から出て来た言葉はそれだった。ある種の後悔のようなものが彼の心に広がるのは止められなかったのだ。  彼の脳内では走馬灯のようにここ一年半の間に起こった出来事が浮かび上がっていた。  約一年半前に彼の父親が死んだ。それが全ての始まりだった。  死んだ父親は飲食店を三店舗ほど経営していたのだが、葬儀の時に現れた銀行マンによって彼が七億円近くの借金を抱えていたという事実を知らされることになったのだった。  父親の会社の経営状態など気にもしていなかった健太には寝耳に水だった。
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