十億円の作り方

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 サラリーマンだった健太に七億円の借金を返せる訳もなかった。しかし自分が引き継がなければ母親に返済を求めると言う銀行マンに彼は抗う事が出来ず、結局は言われるがまま社長という地位と七億円の借金を手中に収めることになったのだった。  裕福とまではいかなくとも、多くを望まなければ不自由もない生活を送っていたところから一転、先の見えない恐怖を抱えながら生きなければならなくなったのは、彼の人生において一番の不幸であっただろう。  自ら望んで社長になった訳ではない彼にとって、その肩書は重荷以外の何物でもなかった。それでも彼は自分のできる事をひとつずつ必死にこなしていこうとしていた。  しかし半年が経っても一向に希望が見えてこない状況に、誰が見ても分かる位に彼はやつれていった。もし昔の同僚がその時の彼とすれ違っても気付かなかっただろう。  彼は夜寝る時、眠る事によって翌日が来てしまうことを恐怖し、朝に何事もなく目覚めてしまった自分を呪った。  明日なんて来なければいいと思っていたが、結局何をしていても時は刻々と進んでしまう。睡眠時は意識がない分、起きている時に比べて時が早く過ぎているように感じ、人生を損している気がした。それでも体は睡眠を欲するし、仕事の効率を考えたら疲れた体を少しでも癒して翌日に備えなければならないのは明白な事実なのだ。  この時の健太にとっての生きる理由とは義務と惰性でしかなかった。  美琴と出会ったのは心身の疲労がピークに差し掛かっていたそんな時だった。  たまたまいつもより早く退社できたその日、以前よく通っていたバー、コンフェッティに立ち寄ったのだった。  雑居ビルの二階にある重厚な扉を開くと小さなカウンターがあり、小さな音量で音楽が流れている、その小さな空間はまさに都会の喧騒を忘れられる場所であった。  ドアベルの音に反応し、カウンターの一番端に座る客と談笑をしていたマスターが「いらっしゃいませ」とドアに向き直った。
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