十億円の作り方

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 健太は「やあ、久しぶり」と挨拶し入り口から一番近い席にドカリと腰を下ろした。 「矢口さんお久しぶりです。この度はお悔やみ申し上げます」  マスターは少し迷いのある笑顔を向けた。半年前に身内を亡くした遺族に対してどう接していいのか迷っているのだろう。 「ありがとう。まあ、大往生とまではいかなくとも十分に人生を謳歌したんじゃないかな」  健太は苦笑を浮かべそう返したが、少しだけ気まずい空気が漂っていた。  父親の死から約半年経っていたし、借金のこともあったから、父親を亡くして悲しいだとか、借金を残していったことに対して覚えた憎しみだとかいった感情は既になくなっていた。  それよりも風貌が変わったという自負が少なからずある自分のことを直ぐに判別したマスターを流石だと思い、そして自分の帰る場所を見つけられたようで少し嬉しくなっていたのだった。 マスターは冷たいおしぼりを健太に差し出した。 「今日はお酒……じゃない方がよさそうですね」  彼は健太の座っている席の隣に置いてあるヘルメットを一瞥してから言った。  今では専ら通勤手段になってしまった愛車は父親の負の遺産を引継いでからも手放さなかった唯一の自分の財産だった。  父親が死んでから、一人で暮らしていたマンションを引き払い母親と同居していた。売るとなると二束三文にしかならない実家ではあったが、ローンのない持ち家があったのは不幸中の幸いであった。 「そうだね。今日はウーロン茶をいただくよ」  バーに来てウーロン茶を頼むというのも滑稽に映るかもしれないが、ここのマスターはバーとは空間と時間を主に提供する場所であって、必ずしも酒を売るだけが仕事じゃないと言ってくれる人だった。  慣れた手つきでグラスに氷を入れウーロン茶を注ぐマスターを見て健太はため息をつきそうになる。。 「どんなバイクに乗ってるんですかあ?」  ため息を隠すためにおしぼりを顔に押し当てていると、甘い声色をいきなり投げかけられたのだった。  一人の時間に水を差された気がして健太は少し気分を害しながら、顔に当てたおしぼりをゆっくり下ろし声がした方に顔を向ける。  視線を向けた先にはいつの間にか一人の女性がグラスを持って座っていたのだった。     
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