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「あの人、帰ったの」
卓上に残った二つの向かい合う茶碗に目を走らせると、相手はぽつりと呟くように尋ねた。
「ええ」
私は何でもない風に頷くと、自分の茶碗に口を着ける。
「趙将軍の忘れ形見の娘なんて噂を聞き付けて期待して来たけれど、向こうもさぞかし興醒めしたでしょうね」
冷めたお茶は飲み込んだ後に苦味だけが残る。
「この前もそんなこと言って後でしつこく押し掛けられたよね」
丸みの残る頬はまだあどけないまま、語る声は大人びた低さを持って響いた。
「霹(へき)はそんなこと気にしなくていいの」
趙将軍亡き後、雷鳴響く晩に郷里の厩舎で生まれたこの子の名は「霹」。
私にとってただ一人の従弟であり、今や共に厩舎を営む無二の肉親だ。
「私にはここが一番大事なんだから」
誰かの娘だからとか尊い血を引いているからとかいう理由で求められても、息苦しいだけ。
霹は黙っている。
振り向かないが、背中に注がれる眼差しが痛い。
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