一緒にいる理由

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「じゃあ私、行くね」 「あ、うん。気をつけて」  寂れたこの町を飛び出して、彼女は今年の春、上京する。  何も出来ないまま、彼女は今、僕の許から離れようとしている。  あの時の約束も、きっと彼女はもう、覚えていない。  ――――絶対って、言ってたのにな。 「何よ、その顔」 「ごめん」 「あんたは変わらないね」 「ごめん」  彼女は泣いていた。  僕も泣いていた。 「やめてよ、そういうの」  彼女の震える声色に、僕は彼女の何を見ていたのだろうか。  去りゆく友を見送る手の平に、本当はどんな意味があるのか、僕は知らない。 『さよなら』 『またね』 『いってらっしゃい』 『いってきます』 『ひさしぶり』 「ありがとう」 「……かっこ悪い」  それでもいいと思った。何の理由も聞かない。  僕らは僕らの道を選択して生きていく。 「いってらっしゃい」  僕がようやく彼女への本当の気持ちに気づいた瞬間、バスの扉は無情にも閉まった。  もし会うことがあるなら、その時は君に僕の本当の気持ちを伝えよう。  だからほら、泣かないで。  ガラス越しに彼女の口が動いた。  “大好き”  その瞬間、確信はないが、彼女と交わしたあの日の約束が脳裏を過った。  それがきっと、彼女の答え。もっと早くに気が付いていれば、彼女は僕の元から離れてゆくことはなかったかもしれない。 「遅いんだよ、バカ」  次第に遠く、見えなくなっていくバスの姿が完全に視界から消えた後、僕は決心した。  町に降り積もった白が色とりどりの花に変わる頃、勇気を出して電話をかけてみようと思う。  今まで話せなかった本当の気持ちを彼女に伝え、あの日の答え合わせをしよう。  だから今はもう少しだけ、寂しさに涙を流しても許されるだろうか。  雪解けまで、もう少し。 【終わり】→昔の話
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