1.それぞれの日常

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「あ、えっと。良かったら手、貸しますよ?」  彼の、予想外とも取れる言葉に、目を丸くする。再度見上げると、彼が右手を差し伸べていた。 「え。あ、ほんとに大丈夫ですから。全然っ」 「いや……」  差し伸べた手はそのままに、彼はあたしの前にしゃがみ込んだ。 「声かけた手前、何となく放置出来ないんで」  言いながら片方の眉を下げ、彼がクシャっと表情(かお)を崩す。  ーーわ……。  瞬間、胸の奥に微かな震えを感じた。  よく漫画なんかで見るような、心臓にグサッと矢が刺さる感覚とは正にこういうものかしら、とあたしは真面目に考えてしまう。  戸惑いから目線を下げた。  眉目秀麗な彼の一挙一動に、ともすれば心を奪われそうになる。 「……あ。じゃあ」 他人の好意を無碍(むげ)にするのもいけないよね、という空気を(かも)し、あたしは彼の手を取った。  男の子にしては滑らかな指先で、爪の形が綺麗だな、と触れてみて気付く。  肩に黒いケースを掛け、それはギターケースに他ならないのだが、当時、音楽知識に乏しいあたしはただ首を傾げただけで、大学生かな、などと考えていた。  不意に足へと衝撃が走った。
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