0.プロローグ

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 悲しみに打ちひしがれる彼女とは対照的だが、ホッと息をつき、彼女の右腕の中ほどを掴んだ。  グイと無理やり立ち上がらせたにも(かかわ)らず、彼女は泣き顔を見せただけで抱き付こうともしない。 「……ひのきっ」  唇を震わせ、丸い瞳から大粒の涙を零した。すがるように見つめられ、途端に過去が蘇る。  胸の奥がじわり、熱を帯びた。何か込み上げるものを感じた。  そのまま彼女の腕を引き、駆けてきた廊下を逆戻りする。  僕は再び彼女を部屋の中へと連れ込んだ。  愛してはいけないと分かっていた。彼女との間に引かれた境界線を越えるのは、そう簡単でない事も。  しかし、堅く閉じた僕の部屋には、そんな理性などこれっぽっちも存在しなかった。  ***
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