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着替え終えて居間に顔を出すと、叔父がいなくなっていた。
「あれ。母さん、叔父さんは?」
皿を洗っている母に声をかけると、母は少し硬い声で「仏壇の間に行ったわよ」と答えた。
ああ、と納得して駿も仏壇の間に向かうことにした。
襖を開けると、静かに叔父が仏壇と向き合っていた。
線香の煙がくゆり、独特のにおいが駿の鼻先にまとわりつく。
仏壇には、三人の写真が並べられていた。駿の祖父と祖母と、“駿を産んだ母親”の、三人だ。
叔父にとっては、父と母と“かつての義理の姉”となる。
「おう、駿。お前もちゃんと手を合わせてるか?」
「……ま、それなりに」
駿は信心深い方ではなかったので、仏壇に向かって話しかけることはしていなかった。
駿の実母は、駿を産んで一年後に交通事故で亡くなった。それから二年後に、父は今の母親と再婚した。
もちろん、駿は実母のことを覚えていない。叔父の方が、実母のことをよく知っているだろう。
「ねえ、叔父さん」
「うん?」
「俺の本当の母さんて、どんなひとだった?」
駿の質問に、叔父は顔をこちらに向けて眉を上げた。
「なんだ、いきなりだな。何かあったか?」
「別に、なんとなく」
「……ふうん。ま、伊織さんはそうだなあ……結構豪快な人だったな。俺が旅人やってることに対して、兄貴は前はよく怒ったんだけど、伊織さんは応援してくれたんだ。好きなことすればいい、ってさ」
「へえ……」
改めて、仏壇に飾られた写真立てを見やる。ショートカットと大きな目が特徴的で、さぞや活発だったのだろう、と思わせる元気な笑顔が魅力的だ。いわゆる“美人”ではないが、愛嬌のある顔立ちだった。
今の母親、絵里は線が細くて神経質に見える。実際、細やかな性格だ。
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