13人が本棚に入れています
本棚に追加
愛されたいなら男の意見に反論しない、と職場の後輩から指摘されたばかりだった。が、愛されたいのか?この男に?とねじけた声が聞こえる。ある意味では素直な気持ちともいえるかもしれない。
結局、反論こそしなかったものの展示品を自分のペースで見れないもどかしさや、その後の食事中のつまらない会話にうんざりし、創作フレンチの店を出る頃には二度とプライベートでは会わないと決心していた。自分でも心の狭い女だとあきれる。こんなふうでは、誰かから愛される日は遠そうだ。
「帰る?もう一軒どう?」
「明日、朝から予定があって…また誘ってください」
ビジネススマイルがバレていないことを祈る。仕事でこれからも付き合いのある相手だから心象が悪くなるのは困るのだ。
駅まで送ると言われるのをそれとなく断り、ようやく一人になると大きなため息が出た。
「疲れた…ああ、呑み足りないなぁ」
スマートフォンを取り出す。おひとりさまで入りやすい店を探していた指は、しばらく迷ってから連絡先の先生の電話番号にたどりついた。
先生、とは大学時代のゼミナールの教授で彫刻家でもある浅利遼太郎のことだ。年齢は不明。いや、調べる方法はいくらでもあるが、学生時代に本人から「ひみつ」と言われたので私としては不明ということにしている。たぶん、五十歳前後だろうと検討はつけている。
私は先生の彫刻作品のファンだ。ファン以上の気持ちについては、考えていない。
耳元の電子音はしばらく続き、途切れた。
『はい』
「先生、今なにしてるんですか?」
『急になんだ』
「アトリエにいます?」
『いると言ったら来る気だな』
「いるんですね?」
『もう帰るところだから来ても無駄だぞ』
最初のコメントを投稿しよう!