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「早川君」 永瀬の柔らかい声が、そこで早川の言葉を遮った。 「僕は他のことなら学生に対して私情は挟まない」 だけど。 「彼に対してだけは、ダメだよ」 堀越昂平は、僕の恋人だ。 永瀬の顔は、いつもの笑顔だ。 その声もおっとりとしている。 でも。 ぞわりと背中に悪寒を感じる何かが、永瀬から発せられている。 さすがの早川も、一瞬気圧されたように黙った。 「昂平君、朝練の時間過ぎてるよ?」 永瀬は昂平にそう言って、残ったパンを袋に入れて手渡した。 「後でお腹空いたら食べて」 「え、あんたの分は?」 「僕はもうたくさん食べたから」 さ、行って。 促されるまま、その場を離れようとする昂平を、永瀬は、あっ、と呼び止めた。 そして。 「また、帰りに」 そう言って、ぐいっと引き寄せ、早川の目の前でキスをする。 それも、触れ合うだけのそれじゃなくて。 膝が崩れそうになるぐらい、濃厚なそれだった。 「ん……っ」 チュッと必要以上に甲高い音を立てて唇を離したのは、早川への牽制の意味もある。 二人の唇の間は、離れてもまだ唾液の糸が繋がっていた。 「な、に…すんだ、人前でっ」 その濡れて光る唇をぐいっと拳で拭って、昂平は少し怒る。 永瀬がいろんな意図を持って、わざとそうしたことはわかっていても、それでも人前でそんなことをするのは恥ずかしい。 自分がそれで感じてしまったことも自覚しているから尚更だ。 「ごめんね、どうしてもしたかったから」 はい、いってらっしゃい。 笑顔の永瀬にそう言われたら、恥ずかしさもあって、もう研究室を出るしかない。 早川の追い縋るような視線が、なんとなく嫌悪感をもたらす。 やっぱり、あんまりもう研究室には顔を出さないほうがいいのかもしれない。
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