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それから数日、昂平は永瀬の研究室には足を踏み入れなかった。
永瀬も、以前のように、昂平にその理由を問うたりしなかった。
彼らは普通に、家ではイチャイチャと同棲したての濃密な時間を過ごし、学校では淡々と日常をこなしていた。
永瀬の脅し…というか覚悟、が効いたのか、早川もそれ以上昂平にちょっかいかける様子も見せなかったので、そのまま何事もなかったかのように忘れていくのだと思っていた。
昂平のバイト先の塾に、早川が新入りの講師として現れるまでは。
「あ、堀越先生」
塾長に呼び止められて、昂平は足を止めた。
永瀬に送って貰って、今タイムカードを切ったばかりだ。
「こちら、今日から新しくバイトで入った早川先生」
「どーも、堀越センセイ」
ニヤニヤと笑うその男に、昂平はぎょっとする。
塾長は、呑気に二人を見比べて言った。
「あれ?二人は知り合い?あ、同じ大学か」
じゃあ、話が早いね…何かわからないこととかあったら教えてあげて、堀越先生。
塾長はそんな無責任なことを言い残して、さっさと行ってしまう。
「そんな怯えた顔してくれるなよ、堀越センセイ」
お前のこと名前しかわかんなかったから、調べるの苦労したんだぜ?
教育学部の二年で、剣道部。
ここで塾講師のアルバイトしてる。
去年までは寮、今年はどこに住んでるのか、なんと誰も知らなかったのはびっくりしたけどな。
どうせ、永瀬先生と住んでるから、誰にも教えてないんだろ?
そこまで調べられてると、かなり怖い。
ペラペラと昂平の個人情報を話す早川に、彼はドン引きした。
「さすがに今から剣道部に入るのはムリそうだから、こっちにしたんだ…これからよろしくな、堀越センセイ」
お前と接点作るために、ここにバイトしにきた。
そう言われても、昂平は生理的な嫌悪感しか持てない。
手を差し出されたが、二度とその手を握るつもりはなかった。
「仕事上の最低限の付き合いはします。でも、お前とよろしくするつもりはない」
突き放すような冷ややかな言い方をしても、早川は、嬉しそうな熱っぽい視線で彼を見るだけだ。
「ああ…ゾクゾクする、そのツンケンした顔」
泣かせてみてぇな、それだけでヌけそう。
もう相手にするだけ無駄だ。
昂平は、プイッと顔を背けて、自分の授業の支度を始めた。
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